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サンドアートライフ

北海道で活動するサンドアーティスト、森マサミチのブログです。

何か一つ仕事を失うと、また一つ別の仕事が入ってくる

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お仕事のお問い合わせをいただいているなか、お話を進めていく過程でこちらと先方の条件が合わない場合、結果「今回のお話は白紙で」ということがある。

 

だけど不思議なことで、「一つのお仕事を失うと、自然とまた別なお仕事が入ってくる」ことが多い。

別に僕は精神世界のお話をしているわけじゃなくて、サンドアートのお仕事を始めてからはそういったことがずっと続いている。

 

ほんと不思議。

ほんとたまたまが1年以上も続いているのかもしれない。

だけど、こちらから特別な営業しているわけではなく、向こうから「どうですか?」とお仕事のお問い合わせをいただけるのは、とてもありがたいこと。

 

捨てる神があれば、拾ってくれる神もいる。

条件が合わない、安くて嫌な仕事を無理して引き受けるくらいなら、スパッと切ってしまったほうがストレスなく仕事ができるし、その空いた場所には何らかの新しい出会いが入ってくる。

 

何か一つ仕事を失うと、また一つ別の仕事が入ってくる

7月にとあるイベントの出演依頼があったんだけど、先方との条件が合わず「今回は白紙にしましょう」ということで話が終わった。

だけど昨日地元で新たな出会いがあり、先方が僕のことを知ってくれていたことから話に花が咲き、サンドアートマガジンを手渡し、「あー!森さんこんなことも出来るのですね!」とさらに話が盛り上がり、結果偶然にも空いていたスケジュールがどうやら埋まりつつある。

まさにこれが、捨てる神あれば拾う神あり、です。

 

仕事を引き受ける、受けないの基準

楽しく仕事ができるか、できないか、で決めることが多い。

 

現実味がないと言われようが構わないけど、どうせ仕事をするのなら、自分の仕事に誇りを持ち、真剣に、楽しく進めていきたい。

だから金銭面や内容も含め「これは合わないな」と感じたお仕事は引き受けないことにしている。

 

お仕事をいただけるのはとてもありがたい。

事実、現在僕が引き受けているすべてのクライアント様からのお仕事は、「お客様は神様」の言葉がそのまま当てはまる方々。

しかし仕事にしていると「お客様すべてが神様ではない」ことも事実だというのが否が応でも気づかされる。

 

たとえば最初から予算を言ってこない、低予算なうえに不利な条件、横柄な態度、こちらにすべてお任せすると言って放り投げておいて、打開策を提示するわけでもないのに文句ばかり言う奴などなど、挙げればキリがないけど、やり取りをするなかでこちらが指摘し、問題の改善がみられない場合、交渉途中でもこちらから辞退を申し出たことが過去に何度かある。

 

心の負担はやがて身体への負担に繋がっていく。

僕はアーティストと名乗っているが、ただの人間。

自分の気持ちに無理をさせることは、結果、心と身体の崩壊に繋がっていく。

 

僕は自分が気乗りしないステージに立ちたいとは思わない。

気乗りしない映像制作の仕事をやろうとは思わない。

たとえば公演がしたかったら、小規模でもいいから自分で企画して自分がやりたいこと、観客にも楽しんでもらえるステージを自分で作るほうが百倍楽しいと考える側の人間で、そのほうが最高のサンドアートを披露することができると感じている。

 

 嫌な条件を突きつけられてまで、その仕事を引き受ける必要などない。

 嫌な仕事などさっさとケリをつけて、新たな道へ進むほうが楽しい。

 

仕事は我慢するものだと思っていた。

嫌なものでも我慢をして引き受けるものだと思っていた。

だけどそんなことをいしていたら、こちらが潰されてしまう。

自分の身は自分で守らないと。

 

サラリーマンでも似たようなことが言える。

嫌な事、改善することがあれば相手が社長であれ上司であれガンガン進言すべき。

終身雇用が崩壊し社内でのパワハラモラハラで次々と働く人たちが苦しむ中、環境を改善する必要があるのなら、きちんと声を上げるべき。

 

会社はあなたを守ってはくれない。

クライアントはあなたを守ってはくれない。

 

無理な仕事にブレーキをかけることができるのは自分だけ。

自分を守ることができるのは自分だけ。

フリーでもサラリーマンでも、自分の身を守ることができるのは自分だけなのだ。

 

無理だと感じたら、さっさと見切りをつけよう。

一つ何かを失えば、必ずまた別の何かと出会うことができる。

そのほうが人生楽しく生きていけるはずだから。