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サンドアートライフ

北海道で活動するサンドアーティスト、森マサミチのブログです。

借金を抱えた転落人生で学んだこと。

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今日のタイトル、借金を抱えた転落人生で学んだこと、ですが、これは実際に僕が経験したことです。

 

借金を抱えた転落人生で学んだこととはなんだったのか?

まとめてみるとこうなります。

 

  • 人間の本質
  • お金の使い方
  • 人との距離感
  • 失うものがないと怖いものがなくなる

などなど、上にあげたほかにもありますが、失うよりも学んだほうが多かったですね。

 

これまでこのブログのなかで自分の過去について深く掘り下げたことはありませんでしたが、もしかしたら自ら経験したことが誰かの役に立つかもしれないと思い、書いています。

 

もっと詳しくいえば、29歳から33歳までの4年間が、僕の人生のなかで一番の修羅場でしたが、そのなかで学んだことが、40歳になった現在の僕にとても活かされています。

 

で、今日は人間の本質について感じたことを書いていきます。

お金の使い方や人の距離感、失うものがないと怖いものがなくなる、は次回書きます。

 

 

転落人生のきっかけ

29歳で転落人生を歩むことになったのは、当時の友人たちと立ち上げた会社が、途中で資金が回らなくなり事業を停止せざるおえなかったからです。

 

当時の僕は農産物を取り扱う会社を立ち上げていて、取引先とも良好な関係を築いていたのですが、お金に対する考えが甘かったこと、市場価格の先を見越す目がなかったこと、経営者としての自覚がなかったことなど、挙げればきりがないのでこのあたりでやめますが、本当に経営者としては最低な男でした。

 

そんなさまざまな理由からお金が回らなくなり、仲間内でも疑心暗鬼になり、ついには空中分解してしまいます。

 

 多額の借金と家族との別れ(当時)

そんななか、僕に残されたのは多額の借金と家族との別れ(当時)という、なんとも重いためいきをつきたくなるようなものでした。

 

当時のことは11年経った現在でも覚えていますが、なかでも一番の衝撃を受けたのは、前日まで普通に会話をしていた家族が、夜、僕が帰宅をするとその影もなく、荷物をまとめて家を出ていっていたことです。

 

誰もいない一軒家。

家族が出ていったあと、「もしかしたら家族が帰っているかもしれない」と期待をして視線を向けた我が家。

それまで明かりがついていた自宅が、夜になっても暗いシルエットを残したまま立ち尽くしている。

でも暗がりのなかで立ち尽くしているのは、僕も同じでした。

 

とにかく借金を返すことに専念する

いろんなところから借金があったので、自宅の電話はいつも鳴りっぱなしでした。

留守番電話のメッセージには、「借りた金を返せ」の伝言がたくさん入っていて、なかには30分おきに電話をかけてきては、「借りた金を返せ」のメッセージを入れていく会社もありました。(もうその会社はありませんが)

 

約500万近い借金だったので、働いても働いても借金が減らない。

当時はダブルワークまたはトリプルワークをして働いていました。

 

働いた仕事内容はというと。

 

  1. 鉄鋼業(工場での作業)
  2. 水産業
  3. インターネット
  4. スーパー
  5. コンビニ
  6. グットウィル(派遣)

 

このなかで一番キツイ仕事だったのが、水産のお仕事。

朝4時30~夕方5時まで、冬でも冷たい水に手を入れて洗い物をしたり、魚をさばいたり配達に行ったりと、毎日眠い眼をこすりながら働いたことがあります。

 

工場での仕事は、鉄鋼業で仕事をするために必要な免許を取らせてくれたので、それが現在にも活かされている面があります。

 

また、少しでも生活費の足しにとアフィリエイトのサイトを複数立ち上げました。

少額ですが、毎月入ってくる報酬にどれだけ助けられたことか。

 

返済金額が多くて生活費が足りなくなる

手取りでいただける金額が約23万。

返済金額が約18万。

 

約5万円で家賃やら光熱費やらを支払わなければなりません。

 

このままでは生活できない。

そんなとき、電話帳を眺めていると「債務整理」の文字が。

 

藁にもすがる思いで司法書士の事務所に電話をかけ、後日出向くことに。

そこですべての事情を説明し、手続きをすませ、各債権者に司法書士が電話かけてくれました。

 

この日からあれだけ毎日頻繁に鳴っていた電話が、ぴたりと止みました。

正直、ホッとした気持ちもありますが、自分の情けなさが悔しくて思わず泣いてしまいました。

 

 

 人間の本質

回想が長くなってしまいましたが、ここからが本番です。

 

会社が傾く前は友人知人、取引先などをはじめとしたいろんな人が優しく接してくれていたりと、良好な関係でいることができました。

 

しかし状況が悪化してくると少しずつ人は離れていき、完全にダメになったときにはごくごく少数の人しか僕の周りにはいなくなりました。

 

どんな人が離れていったかというと

起業する前は「がんばれよ!応援してるから」と言っていた人が、ダメになってから街で偶然にもすれ違ったとき、「ほらみろ、失敗したじゃないか」と指をさされたことがありました。

 

「なんでも言ってくれ。できることだったら何でも手伝うから」と言っていた人が、訪ねたいことがあって電話をかけても出てくれないとか、そんなこともありました。

 

「お金を貸してほしい」

そうでも言われるかと思ったのでしょうか?

僕は金融機関にお金は借りるけど、個人に大金を借りたことはありません。(100円貸して、あとで返すからはあるけど)

 

離れていかなかった人

だけど、当時どん底の状況下でも僕を見捨てないでいてくれた人は、約11年経った今でも何かしらの繋がりはあります。

 

それは本当にありがたいことですし、現在はサンドアート活動が少しずつですが認知されてきているので、何かしらのかたちで当時の恩を返していきたいです。

 

事業の失敗や借金云々は身から出た錆ですが、それでもこのまま腐っていたら腐ったミカンになってしまいます。

そうならないためにも、どこかで立ち上がらなくてはならない。

 

だたこんな弱り切った状態では、一人では立ち上がることができない場合もあります。

僕は一人では立ち上がれなかった。

 

だからこそ強く思うのが、本当の友達や何かしらの協力関係というものは、いざ自分が困ったときに叱咤激励をされつつも、最後は這い上がるための手助けをしてくれる人だと思います。

 

逆をいえば、表面上だけ良い顔している人との付き合いをさっぱり切れたという見方もできます。

 

経験からわかったこと

置かれた状況や立場によっても違いがあると思いますが、自分を犠牲にしてまで他人を助けようなんて人はほんの一握りの人だと思います。

 

みんな、なんだかんだいっても自分が一番かわいいですから。

 

しかし、自分のできる範囲で手助けしようと思えばできることもあります。

それは現在の僕にも同じことがいえます。

 

僕は聖人君子ではないのですべての人を手助けすることはできませんが、これまで自分がお世話になった方が困ったときは、必ず手助けしたいですね。

 

僕はサンドアートをやっていますが、このサンドアート通じて誰かの背中をそっと押してあげることができたり、ワクワクするような毎日をすごせるお手伝いができたらいいなと。

 

ただこういった気持ちになれるのも、これまでお話しした苦い経験がありつつも、どうにか這い上がり、お金や人間関係の面で現在の自分がとても落ち着いているからです。

これが修羅場だったら、他人のことなど考えている余裕がないですからね。

 

僕が借金を抱えた転落人生で学んだこと。

今日はそのなかから、人間の本質について感じたことを書いてみました。

 

 

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