サンドアートライフ

北海道で活動するサンドアーティスト、森マサミチのブログです。

自分をわかってくれる人がいない。そう悩む人へ伝えたいこと

自分をわかってくれる人なんてこの世にはいない。

かつて自暴自棄に陥ってしまったとき、いつもそう考えていました。

事業に失敗し一文無し。妻と子どもとの別れ。借金の督促におびえる日々。

良いことなんて何一つなく、街を歩く幸せそうな家族をみるだけで吐き気がしました。

そんな僕がどうやって這い上がってきたのか。

それは一人の男性の言葉でした。

 

自分をわかってくれる人がいない

f:id:moriblog:20180302120452j:plain

がっつり借金を抱えていたので、ダブルワークをしていても毎月の出費はとても多く、たとえば23万円稼いでいても、そのうち21万は支払いで消えていたので、実質2万円で一か月生活をしていました。

 

スーパーで安い食料品を買うお金、仕事へ行くための燃料代、タバコや酒、ギャンブルは一切やらなかったのでその分の余計なお金はかかりませんが、健康保険や年金のお金を捻出することはかなり難しい状況。カツカツのなかで生活をしていました。

 

働いても働いても、苦労が絶えない毎日。

そのうち一つのバイトが急になくなり、収入が減ってしまいました。

そうなってくると借金の支払いができなくなり、毎日督促の嵐です。

怒られる。その恐怖から逃れるために電話には出ませんでした。

当時はまだ何でもアリの時代でしたので、留守番電話のメッセージが一日30件。

 

知り合いに相談をするも、「事業に失敗したお前が悪い」とか、「借金をしたお前が悪い」と言われるばかり。また「貸す金はねーぞ」とも

 

たしかに、借金をしたのは自分です。

自分が悪いのです。

現在ではそう思えますが、当日の僕は、「失敗したのは自分のせいではなく、一緒に起業をした仲間のせい」にしていた、無責任な男でした。

 

自分は悪くない。

何も悪くない。

失敗したのはアイツらのせいだ。

 

本気でそう思っていました。

 

自分をわかってくれる人など、この世にはいない。

散々、周りからクソみそに言われると人間という生き物は否定に入ってしまいます。

否定することで自分の居場所をみつけ、そこに閉じこもってしまうのです。

 

どうしてこんなに僕が苦労をしているのに、みんな冷たいんだ。

自暴自棄に堕ちてしまったら、本気でそう思ってしまうのです。

 

背中を押してくれた言葉

そんな僕が当時熱中していたのは、サンドアートと小説の執筆でした。

サンドアートのことについては別でも書いているので割愛しますが、小説について説明すると、アマチュア作家として自分の作品を書いてはブログに投稿していました。またコンテストにも応募していました。

 

リアルな人付き合いを避け、自宅にこもり執筆をする。

サンドアート同様に、僕にとっては「自分が唯一打ち込めるもの・自分を表現できるもの」として小説の執筆があったのです。

 

あるとき、友人が友達を連れて自宅へやってきました。

そして僕が小説を書いていることをその彼に教えました。

 

「ぜひ読ませてほしい」

 

そう言われたのですが、リアルで人に読ませたことがなかったので恥ずかしいこともありお断りをしました。

それでも読ませてほしいという。

なので渋々、プリントしていた原稿をその彼に渡しました。

 

それまで「悪くないですね」というコメントはネットでたくさんいただいていました。

ただ「悪くないですね」というのは、普通ですね、まあまあですね、といった意味にも解釈できます。

 

この人も同じことを言うだろう。

そうのんきに構えていたら「これ、すごくいいね!」というのです。

 

最初はお世辞でそう言っているのかと思っていたのですが、「このシーンのここの表現が○○作品を彷彿させる!」と力説してくるのです。

 

学校で国語の先生をしている人がそういってくれたことで、ほんの少しだけですが心のなかに小さな光が射し込めてきました。

そのときに思ったんです。

多くの人が認めてくれなくても、たった一人の人に「これ凄くいいね!」と言われる生き方をしようと。

 

本気で嬉しかった。

お金もなく、ほんと大変な時期でしたが「生きる希望」が見えてきたことで、その後、どん底から這い上がって現在の森マサミチがいます。

 

たった一人の人に認められるだけでいい

人は多くの人に認めてほしいと思う生き物です。

だから生きづらくなるのではないでしょうか?

 

そうではなく、目の前のたった一人の人に、「これすごいいいね!」と言われる生き方のほうが、空気抵抗が少ない生き方ができるのです。

 

たとえ今目の前の人が自分を認めてくれなくても、その次にいる人が、斜めに立っている人が、あなたを認めてくれるかもしれない。

 

自暴自棄というのは、ついつい目の前だけをみてしまいがちです。

だからこそ、視野をその次の人、または斜め前の人など、移動させてみましょう。

 

あなたをわかってくれる人は、必ずいます。

たった一人でもいいのです。

あなたをわかってくれる人は、必ずいます。